「幸せ」だからこそ、具現化する

 



最近、更新した記事ともつながる。
「幸せだからこそ」望みが叶っていくんだ、と。

自分を大切にできるのは、あなたしかいない


「自愛」ってなにも難しいことではない



ひとまず、この辺りも参考になるのかなって思っています。

あ、だからと言って「不幸だから」望みが叶わないってことではない。
どちらかというと、幸せのハードルを下げている、だけなんだよね。


みんな「幸せ」って聞くと、ついハードルを高めに設定しがち。


お金がある、パートナーがいる、子どもがいる、など、
そうやってつい「これがあれば」に設定しがちになってしまう。


かつての私も、そうやって外側に答えを求めていた時期がある。

そう、ここで何度も書いている占い依存・スピリチュアル依存のことだ。


きっと、そういったモノにすがるときって「悩む」んです。
自分で答えを考えていないと言ったら変なんだけれども、
「どうしてこの人はこうなんだろう(とげとげ)」っていうのか、
「これがこうじゃなければ『幸せ』なのに」ってどこか委ねている。


わかりやすく話すと、「他人軸」になっているんです。判断基準が。
「こうしたらこうなる」っている指示書が欲しいって感じかな。

よく界隈では「オーダーを出す」っているけれど、そのオーダー自体が誰かのカスタムだったって例えたら通じるのかしら。それも、何も考えずに指示通りのオーダーで「本心」ではないってところが今回の重要なところ。

そう、「これがあれば」っていう欠乏からなんです。
「これがあれば幸せになれる」っていう、他人に嫉妬して「足りない」から望んでいるみたいな。

そういう時に必要なのって、自分を満たすことなんです。小さな幸せで自分を満たすこと。
自分を愛して、小さな望みを叶えて幸せにしてあげて、満たしてあげること。

自分を愛して、自分が満たされて、幸せになっているから、具現化していくんです。


だからと言って、占い依存・スピリチュアル依存が開くって訳でもないのよ。
私も依存していた時期があるしね。人のことを悪くは言わないよ。

私は半分、自分自身で答えをわかっていて実験していたようなところもある気はしているけれど、まあそんなことはいいや。これについては、またどこかで記事にしておきます。


自分が幸せだからこそ、それに巻き込まれたい人はついてくるし、巻き込まれたくない人はそのまま離れるというか疎遠になるだけなんだよね。人間に限らず、モノに対してもそれは言えると思っています。

ひとまず、今日はこの辺りで。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。