ただ、それを認めること

 


【この記事は以前noteで投稿したものを推敲したものです】

「あぁ、私はいま、こう思っているんだ」 
「どうして、そう感じるんだろう?」

湧き上がる感情に、急いで名前をつけなくていい。 
ただ静かに眺めてみる。 快も、不快も、そこに"ある"ことを許してあげる。

願望実現や潜在意識を学んでいる人ほど、 
「こんなネガティブなこと思っちゃダメだ」 「悪い現実を引き寄せちゃう」と、 
自分のドロドロした本音に慌てて蓋をしてしまいがち。

でも、心の中で何を感じても、そこは誰にも侵されない自由な領域。 
どんな感情が湧いても、誰にも迷惑をかけることはない。

「これが嫌なんだ」 「これが好きなんだ」 「あの人のああいうところが、ムカつく」

その小さな、だけど確かな声を、こぼさないように拾い上げるだけ。 
ジャーナリングでも、瞑想でも、お風呂の中の独り言でもいい。 

大切なのは、世界でいちばん身近な存在である自分自身と、対話すること。

他人はコントロールできない。
 「こう動いてよ」「分かってよ」と願っても、それは相手の領域。 
だから、そこに踏み込もうとするほど苦しくなる。

けれど、自分の「感じ方」だけは、いつだって自分の手の中にある。 
どう受け取るか。どこまで許すか。何を大事にするか。 それは全部、あなたが決めていい。

藤本さきこさんの言う「五感を使う」ことも、 
突き詰めれば、いまこの瞬間の快・不快を全身で受け取ることだと思う。


「そっか、私はそう感じていたんだね」と、 
自分の本音に蓋をせず、ただ認めてあげたとき。


世界との摩擦が少しずつ消えて、 望みは、するすると形になり始めるのです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。