タイトルが、めちゃくちゃ心理学的になっていますね。
ゴリゴリの社会心理学系のゼミ出身なので、ご了承ください。
「ジレンマ」って聞くと、なんだか難しそうな話に聞こえる。
でも、ものすごくシンプルに言い換えてしまうと、こういうことです。
でも、ものすごくシンプルに言い換えてしまうと、こういうことです。
「こうなったらいいのに」
それだけです。
それだけです。
どんな成功者にも、どんなにモテているあの人にも、
どんなに幸せそうに見えるあの人にも、例外なくある。
「こうなったらいいのに」って思う瞬間が。
違いがあるとすれば、そのジレンマを前にして何をするか、です。
誰かに答えを求めにいくのか。自分で考えて、動いてしまうのか。
たぶん、差はそれだけ。
たとえば「彼氏に愛されたい」「結婚したい」と思っているとき、
多くの人は「愛されるコツ」「プロポーズに持っていく方法」を探しはじめます。
でも、少しだけ立ち止まってほしいんです。
その「求めている結果」、本当に望んでいるものですか?
「愛されたい」がゴールなら、本当に欲しいのは何でしょう。
「愛されたい」がゴールなら、本当に欲しいのは何でしょう。
安心感?つながり?「この人といると自分でいられる」という感覚?
心理学でいう「手段の目的化」が起きているとき、人は答えを外側に求めつづけます。
でも、ゴールがずれているから、どれだけ「コツ」を集めても満たされない。
仕事も同じです。
自分が必要とされたい、貢献したい。
それは大前提として。
「自分らしく力を発揮すること」が本当のゴールなら、
今の職場に留まることが必ずしも正解とは限らない。
動けない理由は、シンプルです。
失敗すること、否定されること、傷つくことが怖いから。
失敗すること、否定されること、傷つくことが怖いから。
心理学では「自己効力感」と言いますが、要は「自分はできる」という感覚のこと。
否定されるたびにそれが削られていくのを、身体が知っているから、
動く前に固まってしまう。
外側に答えを探しにいくのは、その怖さを直視しなくて済む方法でもあります。
コツを集めている間は、傷つかなくていい。でもその間、現実は動かない。
成功する人が成功するのは、特別な才能があるからじゃない。
ジレンマを抱えたまま、怖さを抱えたまま、それでも軽く投げて動いてしまえること。
それが上手なだけです。
「こうしたい」「こうなったらいいのに」。
そのジレンマは、あなただけが抱えているものじゃない。 みんな持っている。
そのジレンマは、あなただけが抱えているものじゃない。 みんな持っている。
ただ、それを誰かの「正解」で埋めようとしているかぎり、
あなたのジレンマはずっと、誰かのものであり続けます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
.png)