生きるだけで精一杯だったあの日々と、今




もし今、あなたが誰かの決めた『幸せ』の物差しに振り回されて、息苦しさを感じているなら。
絶望の底から生還した私の話を、少しだけ聴いてくれませんか?

去年の誕生日は、創作大賞の締め切り日でした。
これも何かの「ご縁」であり、「チャンス」だと感じて、今こうして書いています。
ふと、一昨年の誕生日を思い出しました。あの日、私は離婚届の下書きをコピーするために外出していました。
前日に当時の主治医から「入院延期」の連絡が届き、少しだけホッとしていた。
でも、数日後に再発か転移が判明するなんて、想像もしていませんでした。

一昨年の誕生日に何を考えていたのか、ほとんど覚えていません。ただ一つ、はっきり言えるのは——「毎日、生きるだけで精一杯だった」ということ。
体を動かすことすら一苦労で、ただ息をしているだけでも奇跡のような日々でした。今も首の痛みは続いています。医療用麻薬は手放せたけれど、鎮痛剤はまだ手放せません。
昨年の今頃は、まだフェントステープを使いながらLIVEに参加していたな、と思うと、時の流れの早さを実感します。
痛み止めが手放せないのは、体勢や精神的な影響もあるのかもしれません。でも、一つだけ確かなのは——この首の痛みとは、最期まで付き合っていく運命なのだろう、ということです。
それでも、一昨年と比べたら、今は100倍マシだと思っています。一昨年も首は痛かった。それは変わりません。
でも、たった一つ、大きく違うことがあります。
——口から、食事を摂れている。それだけでも、もう十分に幸せなことだと感じます。
昨年の今頃、信頼していた医療従事者からの不適切な言葉に深く傷つき、ショックで固形物が喉を通らなくなりました。処方された栄養剤をかろうじて飲む日々。フラフラの体で、それでも私は近所のコンビニまで離婚届の下書きを印刷しに行きました。
今思えば、「よく倒れずに済んだな」と不思議に思います。その後、オプジーボ療法を2回受けました。あの栄養状態でよく耐えられたと思います。自分の運の強さと免疫力に、ちょっと褒めてあげたい気持ちになります。
もちろん、それで終わりではありませんでした。副作用による脱水で入院し、この1年で敗血症を3度も経験しました。ChatGPTにすら「そんなケースは稀だ」と言われたほどです。
CVポートからの感染、再発の不安、抗生剤の長期服用……。正直、辛いことばかりでした。
でも、私は「運の良さ」と「ちょっとした性格の悪さ(?)」で、何とかここまで生き延びてきたと思っています。
「悩みがなさそう」「うらやましい」と言われることもありますが、無理もないと思います。
私はあまり人に悩みを話さないし、家族との複雑な関係も「もう手遅れなんだ」と割り切っていた時期がありました。
母とは昔から折り合いが悪く、育ててくれたことに素直な感謝は持てませんでした。ただ一つだけ感謝しているのは——「星々が味方する日」に私を産んでくれたこと、かもしれません。
一昨年の3月、「無治療なら予後半年」と宣告されました。
そのわずか4ヶ月後、誕生日の2日後に「再発か転移」と告げられたのです。

あの頃の私には、今の自分が想像もできませんでした。まさか、3ヶ月おきに県外へ出かけられるほど体力が戻り、こうして自分の言葉で人生を綴っているなんて。
あの頃、私は本当は「本当にやりたいこと」に気づいていたのかもしれません。ただ、ずっと見て見ぬふりをしていただけだと思います。
誰かの足元を照らそうなんて、思いもしませんでした。でも今、ようやく原点に立ち返ることができました。
「誰だって幸せになっていいんだ」——私は、ここに生きている。あの絶望の中で諦めなくて、本当に良かった。
「〜すべき」「〜でなければならない」「これが幸せ」「これが最適」——これらはすべて、世間の物差しにすぎません。
子どもを産むこと、結婚すること、安定した仕事、ハイブランド、一戸建て……。どれも誰かが決めた“理想像”でしかありません。
絶望の底から這い上がってきたからこそ、胸を張って言えます。
もう、誰かの物差しで自分の幸せを測らない。私は、私自身の価値観を信じて生きていく。
「私には幸せになる資格がない」なんて、絶対にない。
心ない言葉を投げてくる人とは、静かに距離を置いていい。私は、自分の人生を、自分の歩幅で生ききるつもりです。
人は3次元を楽しむために、高次元から降りてくる——そんなスピリチュアルな話を聞いたことがあります。
私はこの考えを、けっこう本気で信じています。高次元では味わえない“感情”を感じるために、私たちは人間として生まれてきた。
苦しみも、悲しみも、喜びも——すべてを全身で感じるために。

ならば、この物語は「幸せな結末」で終わっていいはずです。どんなに辛い日々があっても、「幸せで終わっていい物語」を生きればいい。
私は、そう気づきました。だから今、こうして言葉を紡いでいます。この命が尽きるその時まで、自分の言葉で、自分の生き方で、誰かを少しでも照らしたい。癒しを届けるために、私はこの世界に生まれてきた。
そして、いま、ここに生きています。


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