「あれも欲しい」って思った瞬間、
— 梶山紗唯|普通から逸脱した幸せを創るカウンセラー (@kajiyama_sai) April 29, 2026
もう罪悪感が来てたでしょ。
欲しがることを怒られ続けた記憶が、
まだあなたの中で生きてる。
コーヒー一杯。限定メニュー。推しのグッズ。
手が止まるのは、意志が弱いんじゃない。
「わがまま」って言葉で
あなたの欲望を折り畳んだのは、…
今日の記事は、この投稿の補足説明。
欲しいと思った瞬間、もう苦しい。
それは意志の問題でも、性格の問題でもない。
欲しがることに、罰が与えられ続けた経験があるからだ。
幼い頃、何かをねだるたびに怒られた。
「わがまま言わないの」
「そんなもの必要ない」
「もっと我慢しなさい」
繰り返されるうちに、脳はひとつの結論を出す。
欲しがることは、危険だ、と。
心理学ではこれを「欲求の抑圧」と呼ぶ。
感情そのものを無意識に封じ込め、感じないようにしてしまう防衛反応だ。
大人になっても、この回路はそのまま残る。
だからコーヒー一杯選ぶだけで迷い、自分へのご褒美を買うたびに罪悪感が湧く。
欲しがる自分を、いつの間にか自分で罰している。
ここで少し立ち止まってほしい。
「わがまま」という言葉を最初に使ったのは、誰だったか。
親だったかもしれない。恋人だったかもしれない。
あるいは、空気を読むことを強要してくる集団の中にいたかもしれない。
共通しているのはひとつ。
その言葉は、あなたの欲望を小さく折り畳ませるために使われた。
あなたの欲求が大きすぎたのではない。
それを受け取れなかった側の問題だったのに、あなたはずっと自分を責め続けてきた。
欲しがることを我慢させてきたのは、あなたを愛せなかった人たちの都合だった。
これは断言していい。
物欲だけの話ではない。愛も、幸せも、同じことが起きている。
「普通に結婚して、普通に幸せになりたい」と言いながら、
本当に望んでいるものを心の奥に隠していないだろうか。
別れた先にいる誰かへの気持ち。誰も祝福しないかもしれない形の恋。
常識から逸脱した、自分だけの幸せの輪郭。
それを「おかしい」と感じるのは、
幸せの形にまで「わがまま言わないの」が染み込んでいるからだ。
欲張りと言われることを恐れて、自分の幸せを「普通サイズ」に削り続けた先に、
本当に満たされた人生があると思えるか。
「欲しい」という感覚は、あなたの内側から湧き出る本音の最初の声だ。
それを封じることは、本音そのものを殺すことに等しい。
欲しいものを欲しいと言える人が、愛したい人を愛したいと言える。
愛したい人を愛したいと言える人が、自分の人生を自分で選べる。
すべてはつながっている。
コーヒー一杯を迷わず選べるようになることと、
自分の人生の主導権を握ることは、同じ根っこにある話だ。
自分の幸せの形は、自分にしか決められない。
それ、もうずっと知ってたはずでしょ。
今日から、小さな「欲しい」を一つだけ、我慢しないでみてほしい。
コーヒーでいい。それだけでいい。
その一杯が、あなたの本音を取り戻す最初の一歩になる。
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