褒められたい気持ちは、誰の人生を生きている?
人間だから、承認欲求があるのは当たり前だと思っている。
ただ、最近こんなことがあった。
離婚前提の夫が、息子に自慢げに話していたのだ。
「パパは前の職場で片付いていない仕事を片付けていたら、上司に怒られた」と。
今春異動になった夫は、前の職場とはもう「関係者でない」立場だ。
つまり、部外者なのに「侵入して」仕事を片付けていた、ということになる。
きっと彼の中では、
「仕事ができない人と思われたくない」
「残した仕事を片付けて、褒められたい」
そんな気持ちが何よりも優先されていたんだと思う。
演劇部出身の彼にとって、「優れた人間」を演じ続けることが、
人生で一番楽しいゲームなんだろうな、と。
人生で一番楽しいゲームなんだろうな、と。
息子への自慢話を聞きながら、ふとそんなことを思った。
で、これって他人事じゃないよな、って。
彼氏に褒められたくてダイエットした。
彼氏に褒められたくてイメチェンした。
周りに認められたくてこの仕事を選んだ。
そういう経験、あるんじゃないかなって。
心理学的には、承認欲求はマズローの欲求段階説でも人間の基本的な欲求のひとつ。
脳科学的にも、褒められた瞬間に報酬系が刺激されてドーパミンが出るように、
私たちはそもそもプログラムされている。
だから、誰かに認められたいと思うこと自体はおかしくもなんともない。
ただ、それが「主軸」になったとき。
承認されるために行動する、賞賛されるために自分を作る。
そうやって他人の賞賛で満たした自尊心って、どこかハリボテな気がして、むなしくなる。
そうやって他人の賞賛で満たした自尊心って、どこかハリボテな気がして、むなしくなる。
正直に言うと、私だってそうで。
こうして記事を書くのも、「この視点はなかった」って言われたいし、
文章を褒められると素直にうれしい。もっと賞賛されたい気持ちだってある(笑)。
でも結局、他人軸で生きていくのって、しんどいんだよね。
自分の本音を無視して、ハリボテで装飾して、周りから賞賛されて満足げにしていても
——それって本当に自分の人生なのかな、って。
周りから否定され続けたら、正解が欲しい、
承認が欲しいってなってしまうのも無理ないんだけれど。それはまた別の話で。
あなたは今、誰の声を一番大切にしてる?
