「他者評価」が気になるのは当たり前

 



最近、松本卓也さんの「斜め論」を読んだ。



本の中で描かれていたのは、 三里塚闘争という激動の中で、
統合失調症や適応障害を発症していった人々の姿。

その歴史的な痛みに触れながら、ふと私の心に浮かんだ問いがあります。

「他者評価を気にするな」って、実は一番難しいことじゃない?

「気にするな」と言われても、 私たちは生まれた時から評価の波にさらされて生きている。 今さら「はい、やめます」と脱ぎ捨てられるほど、軽いものではないですよね。

もちろん、「自分勝手になればいい」と言いたいわけではありません。
 私たちが本当に恐れているのは、 「失敗して、誰かに笑われること」なのかもしれない、と思うんです。

かつての私がそうでした。 「お前は劣っている」と否定されることが日常になると、
いつの間にか、誰かにダメ出しされることが「世界の当たり前」になってしまう。

皆さんも、そんな心当たりはありませんか?

そうなると、不思議なことに、 自分を否定されることでしか「安心」を感じられなくなってしまう。 常に「監視されている」ような、見えない視線に怯える日々。

当時の私は、自分を守るために、
分厚い殻(甲羅)の中に、ぎゅっと、ぎゅっと籠っていました。

誰かによく思われたい、いい人でいたい、承認されたい……。
そんな欲求は、人間なら持っていて当たり前の、愛おしい感情です。

でも、殻の中から一歩踏み出すために、
大切なのは「自分の本当の望み」を諦めずに観測し続けること。

周りの物差しを一旦脇に置いて、
自分の脳(RAS)に「私の幸せはどこ?」と、新しい仕事をさせてあげるんです。

世界は、私たちが思うほど、私たちのことを見てはいません。
だからこそ、私だけは、私を一番に見ていてあげたい。

今世での学びは、来世に持っていける最高の宝物。
 だから、もう殻を脱いで、たくさん望みを叶えて幸せになろうね。




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