ただ「安心」して治療を受けたいだけなのに──患者の“声”が届かない現場で、私が学んだこと

 




【この内容は2025年にnoteで投稿したものを推敲して掲載しています】


2023年11月末から2024年10月までの約1年間、私は「毎月入院病棟にいた」といっても過言ではないほど、退院してもすぐに戻ってくる日々を過ごしていました。舌がんの手術、治療、副作用の悪化、そして敗血症……。

「家に帰る」よりも「病院に戻る」方が、日常になっていたんです。

病棟の看護師さんにも言われました。

「おかえりって言ったらダメなんだけど……また、よろしくね」と。

それくらい、顔見知りの看護師さんが多かった。
そんな中で信頼できる看護師さんもできましたが、その一人から当時の主治医に対する否定的な言葉を聞かされたことがありました。
当時の私は「ただのグチ」だと思って気にも留めていませんでした。


でも、2024年6月末のこと——
個室でスマホをいじっていると、ある看護師さんが満面の笑みで言いました。

「エロ動画見てたやろ?」驚いて固まっていると、
その日のうちに他の看護師さんの前でも同じことを言われました。

もちろん、そんな動画など見ていません。

見ていたのはただのSNSでした。「個室だし、仲が良かったし、冗談のつもりかも……」

そう自分に言い聞かせて、その場はやり過ごしました。
でも、それは明らかに一線を越えていました。


私は病院に実名で投書をしました。
翌日、本人から謝罪があり、「今後も担当しても大丈夫ですか?」
と聞かれたので「はい」と答えました。反省しているように見えたからです。

しかし、その後の夜勤で彼女はこう言いました。
「早く退院したいなら、『栄養剤飲むから退院させて』って主治医を泣き落としたらいいやん」長期入院が続いていた私にとって、これは冗談には聞こえませんでした。

心がポッキリと折れてしまい、その後約3ヶ月間、食事がほとんど喉を通らなくなりました。さらに、翌年敗血症で緊急入院したときにも、同じ看護師さんから

「目のやり場に困るわ〜」
と言われました。

高熱でショートパンツを履いていただけなのに。

その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れました。
「また投書しなきゃいけないのか……」


でも、もう謝罪の言葉で自分をごまかすのはやめようと思いました。


私は「事実として記録してもらう」ために、実名で投書を続けました。
結局、5月の連休中に病院にメールを送り、
「特定の看護師との接触回避」をお願いしました。


やりすぎかもしれないと思いましたが、
これ以上自分の心をすり減らす必要はないと思ったんです。
——この経験を通して、私は強く思いました。

いやなことは、毅然と「いや」と声を上げることが大切だということ。
黙っていても、何も変わらない。

傷ついたり怯えたりしながら治療を受けるのは、
患者の権利として「当然の幸せ」ではないはずです。
私は誰かを罰したいわけではありません。

ただ、安心して治療を受けられる環境が、
患者にとって当然の権利であるべきだと思っています。

もしかしたら、あなたも「これっておかしくない?」
と思った経験があるかもしれません。

その感覚は、きっと正しい。

なかったことにしなくていいんです。

私のこの経験が、誰かの「声を出していい」という勇気になればいいなと思います。
諦めなくていいよ。


あなたは、ひとりの人間として、大切にされるべき存在です。


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